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今日の光 明日の風

毎日出会うモノコトヒト、から何かを感じる自分を観る。言葉遊び

タナトスを振り切れ

思春期とプチ思春期の子どもたちの言い争いが殺伐としてて、結構親心を射ぬかれる件😭

で、夜の一人反省会なう。

『死にたい』って言ったやつらに『死ぬ意味なんてわからないくせに軽々しくいうな』なんてキレないで、
そんなこと君たちから聞くのは悲しい、大好きだ、生きて一緒にいてくれるから嬉しいとなんで言わなかったか。

子どもが、そんな気分だった、で言った言葉の重い軽いをとがめることなんかじゃなくて、
言い放った後。
その言葉を軽々しくもつい言っちゃった人たちに、、明るい心で気を向けて
大事だよって接することの方が、
きっと私の仕事だったんじゃないかと…。。
例えば大好きだよという言葉の優しい響きを聞かせること。
笑って、生きているから嬉しいんだー、という明るさとか。

私はいつも、死という言葉、人生が損なわれることへの強迫観念に気をとられ過ぎる。

生きる喜びを
肯定するような姿を見せること。

これまでに出会った『死』たちと、それにまつわるストーリーに縛られず、耽溺せず、
生きていてそばにいる人に
気を強くしっかり向けることだ。

『死』によって別れた人たちだって、
私が『死』にまつわる恐怖、不幸みたいなものに縛られていることを全然喜ばないだろう。
それは傲慢な自己倒錯だとわかってる。

もう、卒業するんだ。
望まれたわけでもないのに、子どもの頃から引きずっていた喪を明けて、目の前の命の強さ、明るさを観よう。
その方が、今、大事な気がする。