自信がなくて自尊感情が低いのに、プライドが高い自分が嫌だなあと思ってたけど、あれはプライドではなくてコンプレックス、固執心だったのだなあーと思う。
せめてこれだけは、
これくらいは、
そういう言葉から始まるようなこだわり。
それはプライドなんかじゃなかったのかもしれないなと気がつく機会があった。
まして、他者を傷つけて拒絶する姿勢はプライドではないのだ。
上ばかり見るものじゃなくて、
等身大の自分をしっかり見つめながら
見限らない。
コツコツと
積み重ねてきた背景が結実するとき。
人に強要するものなどなく
自分と向き合い続けるベクトルの中。
練り上げられた一挙手一投足が放つ眩しさが周りを目醒めさせて引き上げるとき。
結局恣意的でなく、結果としてその人の誇りや気高さの輝きに、人が気がつくということなのか、と思った。
それが結果として本物ということなんだ、と気づいた。
そういう類の佇まいと表われを見るとき、私は心が震える。
ー
まだまだ自分の中にそれを見つけてはいないけれど、
私のロールモデルが現れたから
その輝きと気高さに心震えた部分があるのだから、
私にもきっと私なりのそれを育てることができるのではないかと願った。