東京に戻り、片づけの合間に徐々に戻ってきた日常を過ごしている。
車に乗って走ると、忘れてしまっていることの多さに驚く。
あんなに通っていたのに、どんな道か、何があるのか、
思い出せない。
年齢なんだろうなとも考えるけれど、
本質的には、一度はあきらめた、手放したところだからだと思い至る。
薄情かもしれないが、
もう帰ってこない。と、考えた土地でもあるのだ。
でも、帰ってきた。
なぜだろう。
自分のことを「踏ん切りのつかなかったやつ」と責めるのは、もうしない。
私は、選んでしまったのだ。
これが、自分にとって捨てきれなかったものなのだ。
家族の形。
経済の形。
結局枠から出ることはできなかった。
短い冒険。
せめて、あるもの、いるところでやりたいことをやっていこう。
どこにいても、笑って暮らせる自分であろう。
そうなるために時間を費やしてきた。
きっと大丈夫だ、頑張りながらも笑えるはずだ。
そう決心して帰ってきたはずなのに、
ここ数日虚しさが近づいてきているのを感じる。
ふとした瞬間に、すっと入り込んでくる。
何をしているんだろう、私は。
そんな風に肩を落としている。
疲れているのかな。
友人たちは使えそうな店を教えて回ってくれたり、
近況を話に来てくれる。
多分、私のこちらでの生活と抜けた時間をつなぎに来てくれているのかもしれない。
友人を懐かしく思う。
会えてうれしい。
これから、もっと一緒にいなかった時のこと話せるだろうか。
友人の主催するマルシェに行った。
古い神社の境内で行われる市。
昔ここで出店したり、祭囃子を友人たちと奉納したりした。
懐かしいなと思いながら、そぞろ歩き。
「雅楽の演奏がちょうど始まるよ」と言われたので、
おいしいコーヒーを買って椅子に座るとちょうど始まった。
ぽつぽつと雨が落ちる。
数年前はこんな雨にこどもが濡れるということに神経をとがらせていたな、
こうしていても、コーヒーを飲んでいられるほど、
私はたくさん手放した。
なのに、なんで虚しいのかな。
雨はすぐに止んだ。桜の花が満開で、空気がほんのりと霞み色づく。
立ち上がり帰ろうとして拝殿の前を通り過ぎた瞬間、涙が出る。
なんだろう。
お参りしよう。
お賽銭を入れて、鈴を鳴らす。
二礼二拍
首を垂れてご挨拶すると、
奥のほうから「待ってたよ。お帰り♡」と聞こえるような気がしてしまった。
今、私、帰ってきたんだな、と思う。
一礼して後にする。
いろいろあってこの地を離れて、また戻ってきて、
そのうえ図々しいかもしれないが、
多分それでも、私は愛されている。
何がなくても、必要があろうとなかろうと、
多分、愛されているんだ、と思った
虚しさも、失望も、
当面付き合いながら、
この町で暮らしていくことを考えよう。